「一番縫製難易度が高い部類に属する生地」でスーツを作る。
繊細な生地で、縫製の欠点がモロに出てしまい手ごわい。
薄く、軽く、しなやかでフォーマル性が高くスマートな印象だが、表の表情とは異なり縫製技術者は大変苦労を強いられる。

◆縫い目のピリつき
◆引っ掛かりによるキズ
◆中の付属による表地への当たり
◆パターン設計が着用者に合っていないと、シワが大きく目立つ
以上のような困難がつきもので、対処が大変なことが多い。
そんな生地をオーダースーツの最高峰、「本毛芯のビスポーク仕立て」で作る。
正真正銘のハンドメイドスーツ。
しかもメンズではなく、曲線美を多用したレディースとなると、更に難易度が上がる。
高級感に偽りがないスーツ作りは、「洋服の王様」そのものになり、製作者としての達成感はこの上ない。
※「黒ウーステッド」というタイトルだが、「黒ウーステッドスーツ製作を通して感じた気付き」を記述している。

<切り躾>
縫う時に最初にする「布に付ける糸の印」。
これをしている時は、心穏やかに作業をしている人が大半である。
少し前まで納期に間に合わすため、必死に縫ってプレスして納品したのにも関わらず、
すぐ次に取り掛かり、切り躾を始める。
縫う専門の人達は、これを繰り返す。
「今だけ。平和なのは…」「また焦るって分かっている…」と、
自分に言い聞かせながらの作業となる。
切り躾は作業として大した作業ではない。
技要らない。
神経大して遣わない。
この段階はいつもの「スーツ製作の沼」に入る、ほんの入り口に過ぎない。
<仮縫い>
パンツのパターン設計は、専門の勉強をされた方なら、それなりに形にすることができる人は多いが、一番難しいのは「補正」である。
パンツを余分なシワなく、着用者に合ったものに設計すること=「補正」は難易度が高い。
パンツほど着用者によってシワの出方が様々で、無難に納めるには「パターン設計」と「縫製」、両方を深く知る必要があり、
複眼思考が必須である。
パンツで一番ラクなのはトルソーに近い体型の人の設計。
バランス良いし、普通に製図ができれば問題ない。
実際にはトルソーとは大きくかけ離れた体型の人達が多く、
シワ対策は「害虫対策」みたいに、イタチごっこになる。
自分もトルソーから離れまくった、どうしようもない体型で、実験材料としては最高モデルである。
「こういう体型の人は、こうすればシワが消える」と、脳内で考えるだけでなく、
生地をつまみ、作図してPDCAをぐるぐる回せるのが「補正」。
またの名を「仮縫い」という。
<くせとり>

パンツの前後のパーツを真っ二つに折った状態。
横から見たシルエットだと思っていただきたい。
hip (ヒップ)出て
knee (膝)引っ込んで
calf (ふくらはぎ)膨らんでいて、
人の脚のラインを出している。
高温アイロンで生地を曲げて形を作る。
既製品では、ここまで曲線にすることはまずない。
紳士服地はレディースの生地より、しっかりしている。
くせとりとは…
「パターン設計して縫うだけでは処理しきれないシワを取って、滑らかな曲線を出すためにする技」である。
その時必要なのが、重みのある高温アイロンでこれがないと形にならない。
昔、背広の職業訓練校に通っていた時、
「ミシンはなくても手で縫えばいいから背広は作れる。
でもアイロンがなかったら背広作れない」と言っておられた先生の言葉は忘れられない。
背広を作るに当たって様々な道具を使うが、アイロンはミシンと同じぐらい大事なもの。
アイロン壊れた=ミシン壊れたに匹敵する。
これは自分だけでなく、背広製作に携わる人達、皆思っているはずである。
<パンツの部品、一部花柄>
ジャケットと比べ、パンツはパーツが少ない。
パンツの内側は誰にも見られないので、ファスナー部分に「花柄」を使ってみた。
こういうことはオーダーだからできることであり、既製品で見えない箇所で「別布」を使うとなると、
コストが上がってしまい企画の段階で却下される。
事実、黒無地を扱うと、暗く視覚的な楽しさがないからか作業が重く感じられる。
そんな時、一部分の「花柄」が目に飛び込むと作業が軽やかに進む。
結果的に着用者のみならず、製作者にとっても「花柄の別布」は、業務上の小さな楽しみに繋がったと言える。
<花柄のポケット袋布>
男性は女性から見ると、びっくりするぐらい雑にスーツを扱う人が多く、物をなんでもバンバン、ポケットに突っ込む人が多い。
よってメンズパンツのポケット袋布は、穴あき防止のため「耐久性を重視」したものを普通は使う。
このパンツの表地は「スーパー150」といって繊細な生地なのと、女性は男性ほどものを入れないことを考慮して
「薄手の花柄のコットン」を使用した。
結構可愛らしい。でも外からは見えず、穿く人にしか分からない。
<着なくても、縫うと生地の特徴は掴める>
縫う専門の職業に就くと、様々な生地ブランドの製品を手掛けることになる。
ノンブランドから超有名高級ブランドまで様々。
その服を自分が着る訳ではないが、縫っていると生地の特徴が掴める。
分かり易い例で言えば「シワ」。
シワになりやすい特徴を持つ生地は別として、シワになりやすい、なりにくいは生地を見て触っているだけでは分からないことも、縫うと一発で分かる。
もう一つの例は「引っ掛かり」。
こっちは針を持つ身なので繊細に扱いはするが、作業中どこかに引っ掛かり、織り糸が飛び出しその修理に時間がかかったりする。
縫うと生地が揉まれて「本質」が見える。
逆に言えば、縫わなかったら分からないことが沢山ある。
偉そうに書いている自分も、生地を買う時たまに騙される。
痛い目に遭いたくないので、生地選びに関しては正直、「結構保守的」にならざるを得ない。
<自由度の高いレディースパンツ>

ローライズの腰パン。
今の流行りとはかけ離れている。
流行り、廃りとは違った次元で服の歴史を見てみると、時代を超えて美しいものが目に留まる。
ジャケットに関しては、メンズテーラードのベースを崩す気はないが、パンツは自由度の高いレディースを参考にしている。

<土台となる手縫い毛芯>
テーラードの中に入れている、これがないと形にならない、
テーラードのエースの執事「毛芯」である。
他店様のオーダースーツとの違いを問われると、「手縫いの毛芯縫製」と即答できる。
どんなに形に拘っても、それを具現化する術がないと絵に描いた餅になる。
表からは絶対に分からない部分で、重要な役割を果たしてくれる。
◆機能面に於いて
◆美的な補佐に於いて
裏の顔は表の顔。
クリエイティブなテーラードの礎になる。
<人目に触れることがない毛芯>
普段テーラードの中に隠れて見えない「毛芯」を、撮影することに喜びを感じる。
裏方にスポットライトを当てる感覚に等しい。
「縁の下の力持ち」である毛芯を「手縫い」することにより、自分が求める美しさをやっと具現化することができる。
既製の毛芯を使うことなく縫い上げることは苦行に等しいが、手仕事でしか掴むことのできない風合い、形がある。
でもこの後、表地を支える役割を務めるため、服の中に隠れてしまう。
こうやってカメラに収めることが、まさに記念撮影となる。
<黒の撮影>
黒無地の撮影はつらい。
鉄道オタクの方が「SLを撮影すると、色が潰れて真っ黒に写る」と言っておられたのを聞いたことがあるが、
対象が服に変わっても、ディティールが分かりづらくなるのは同じである。
製作途中なので「しつけ糸」が良い感じのアクセントとなり、「手仕事感」を出してくれているのが救いである。
<パーツ作り>
ビスポークの先達たちは「パーツ作り、邪魔くさい」と言う。
「面白いのはこれから・・」と言って組み立てを始める。
確かに面倒ではあるが、
邪魔くさいと言うことが「どれだけ贅沢であるか」ということを
自分は知っている。
「爆速スピード」が求められる背広の既製服工場で、
スピードが上がらずパーツ作りも「たった2工程」しか、
させてもらえなかった落ちこぼれである自分。
1着まるまる縫い上げるビスポークの世界で、仕事ができたことは奇跡的である。
そんな自分が「パーツ、邪魔くさい」って言ってみても「心の澱(おり)」になってしまう。
だから心の中で「邪魔くさい」って思っていても、最近は言わないことにしている。
<手仕事って手間だらけ>
テーラードは見た目あっさりしている。
言い換えればシンプル。
でもその作りは恐ろしく手が込んでおり、
一つ一つの工程が、形作りに於いて意味を成す。
手が抜けない理由がそこにある。
<技法は…ニュアンスに直結する>
「毛芯」・・テーラードの土台。命。
こんなドアップで撮影して、縫い目が丸わかりだが、
世の中の毛芯全てがこんな縫い目ではなく、
縫製者によって作り方が異なる。
出来上がりの服の顔を念頭に、各々工夫を凝らしておられる。
技法は「微妙なニュアンスを伝えるだいじなもの」である。
<スカッとした線>
「エッジが薄く、スカッとした線」を要求される背広の世界。
最終的にスカッとするためには、途中工程でスカッとしていなければ求めるものにはならない。
背広オタクの先達に教わり磨かれた。
いつも自分が試される。
<いかついが繊細な生地>
こう見ると結構いかつく感じるが、
ブラックスーツは繊細さの塊である。
これほど誤魔化しが効かないものはない。
縫製上の欠点がモロにでてしまう「しろもの」である。
違和感なくスッキリが、いかに高度な技を要するものであるかを
身をもって知ることになる。
正直に縫うしかないな。
<SNS投稿で>
作業中に撮影をすることは結構大変である。
タイミングを計って手を止めて臨む訳だが、
「作業の、し忘れ」を撮影後に発見したりする。
撮影より作業を優先するので、
「まあ、ええか」で撮影のやり直しはしない。
し忘れの作業は、そそくさと進める。
気が散るとロクなことがない。
他の写真はなかったので、そのまま投稿するが、
結構恥ずかしがっている自分がいる。
「衿先のハザシをし忘れて撮影した」
SNS投稿後の反省である。

<AIに出来ない途中工程の記録>
レディースのジャケットのハンガー掛けはメンズほど映えない。
ボディに着せないと立体の魅力が伝わらない。
「この画像、カッコよくないよな…」と思いながら、
途中工程を記録する意味で投稿している。
AIに出来ないものの一つに「途中工程」がある。
AIは、いきなり完成形を示してくれる。
完成をお見せする方が見る人にとって分かり易いが、
作り手にとっては「途中工程」が手仕事の証明になる。
テーラードの「魅力を伝えるクリエイティブ」に磨きをかけたい。
<構図となるシルエット>
キモ中のキモ、シルエット。
構図に当たるシルエット。
シルエットができたら7割完成。
これは既製服、オーダーどちらに於いても言えること。
人に与える影響が大きく、誤魔化せない。
製作にあたり、「馬鹿正直な性格が有利に働く」
と、勝手に思っている自分がいる。
<レディースのハンガー掛け>
レディースのハンガー掛けはシルエットもわかりづらく、
非常につまらない絵になる。
あまり見たくないので途中工程のものは、
出来るだけトルソーに掛けている。
トルソー上の立体を見て己を鼓舞し、最後の仕上げまでもっていく。
人間って、結構単純である。
<内側の仕様>
よくSNS上で、テーラードを着た方が
片方の前を開けて、裏地を見せておられる。
裏地が配色や柄の場合、
また内ポケットの仕様を示すなど、写真上、映えるからだと思う。
前開きポーズを真似してみたが、
自作のジャケットの内側はあっさりしていて、特に目を引くものはない。
製作者の価値観が出る箇所でもある。
<しつけ糸付き画像>
しつけ糸が付いた状態を結構楽しんで撮影するのが、
テーラード、それもビスポークに関わる人に多い。
この状態でも「美しい」と感じておられるからだと思う。
自分もご多分に漏れず、嬉しがって撮影している。
だが、しつけ糸に目が行き、肝心の本体のミスを見逃していることもある。
あの白い糸に惑わされないように気を付けている。
<技術者の感情、思想>
製作物には性格が出る。
肩から胸、ウエストにかけるライン。
かしこまったテーラードとは異なる。
製作者である自分がかなりの「自由人」だから作れたと言える。
真面目なテーラードの世界で、懸命に自分の居場所を探した末、
たどり着いた形。
自分だけではない。
技術者それぞれ「各々の世界」をおもちである。
これは、どんな業界でもあること。
相当な「自由人」なりに、そこは尊重している。
<真正面画像の意味>
シルエットが分かりやすいので、個人的に大好きな真正面画像。
しかし、服は「布」であり流動的である。
他のモノとは異なり、
撮影時の「シワ」や「左右の僅かな違い」にはいつも手を焼いている。
でも画像を見ると、何事もなかったかのように涼しい顔をしているのが
「テーラード」というアイテムである。
やはり「常に冷静さをよそおうアイテムらしい」と思ってしまう。
<スーツの力>

ジャケット単品よりもスーツにすると画像に迫力がでる。
これは実際に人が着用した時に感じる「力」と同じものだと言える。
テーラードは千思万考の設計、
その後長い工程を経て製作されるアイテムだからこそ、
独特の力が宿るのかも知れない。
<黒ウーステッド仕立て終えて>
自分の技量が一番試される生地。
自分の技量に勘違いせず、謙虚にならざるを得ない生地。
誤魔化しが効かないので、「何が起こっても、正直に受け止めざるを得ない」と思える生地。
要は、大変難しい生地である。
そんな生地で作成したものを人に着ていただくと、「黒真珠のような輝き」を放つ。
素材とビスポークの仕立てで格調高いテーラードが生まれた。
普通のオーダーとは輝きが異なる。
こうやって着画を見返すと、どう見てもやっぱり美しい。
「挑戦のしがいのある生地」だとつくづく思う。

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