自分には修行経験がない。
オーダースーツの最高峰、ビスポークの上衣(ジャケット)を縫うにあたり、どこかで経験を積んで独立という流れを経ずに、
いきなり独りで縫い始めた。
先輩に横についてもらい、「技術を見てもらいながら年数をかけて習得する」という経験をほぼしたことがない。
特別、技量が高く、ジャケット縫いの仕事にありつけた訳でもない。
訳あってテーラーさんから依頼されたものを縫うにあたり、学校で教わった内容を即、個人事業主として仕事に活かした訳である。

事前に記すが、既製服のジャケットは部分縫いを工場で経験済み。
ビスポークのパンツ、ベスト縫いも経験済み。
そのベースがあった上でのことなので、全くの素人の方とは条件が異なる。
先輩に横についてもらい、修行というものが当たり前の世界で、なぜ修行なしで自走できたのか、
どのようにこなしていたのかを以下に記す。
前提条件として、「お手本となる先生の商品が素晴らしいこと」が必須である。
「自分がお客様なら、こういうツラをした服を買いたい」と思わせてもらえるような製作物を見せてくれる人に、
学校で教わることができたことが個人的に大きかったと断言できる。
本質がずれていれば、それを真似たところで自分自身が納得しない。
また続けていこうという気概もなくなる。
ネットや本の情報だけで、伝統の技を習得することは難しい。
ネットや本をどれだけ貪っても到達することができない領域、
対面でしか習得できないものは確実に存在する。
その限られた世界での技術の習得を①から⑥にまとめた。
オーダー縫製習得方法
<①先生の真似>
学校でビスポークジャケットの縫製を教えてくださった先生の質が高く、
その先生のやり方をノートにまとめたものを見つつ、動作を思い出して真似る。
勝ちパターン、負けパターンを熟知した人が、経験に基づく技法を開陳してくださる訳で、
そっくりそのままやってみる。
ただ先生とは技量が異なるので、それはそれで認識し、やりづらい所は自分なりにアレンジをして、
とにかく最後まで自力で仕上げる。
スポーツで言えば基礎体力が異なるので、自分なりのやり方を模索しやり遂げる。
これを何度も繰り返す。
<②理論で解析する>
300工程ほどの長い工程を小分けして、1つ1つの作業の意味をまず理解する。
意味が理解できれば、上手くできなかった場合、原因にたどり着け自力で解決できる。
先生の長年の「経験と勘」に「意味付けで理解する」ことで、なんとか真似ることができ、
失敗も最小限に抑えることができるという訳である。
失敗から学ぶと言うが、手を動かす縫製に関しては、どれだけ失敗を少なくできるか?が大きな鍵となる。
練習に失敗は当然だが、ビスポークは高価な商品なので、本番の縫い直しは極力抑えたいというのが本音である。
<③時間との勝負>
テーラーさんからご依頼されたものには「納期」がある。
その納期以内に納める為、徹底した時間管理をする必要がある。
自分はどの工程に何分かかっているのか?をまず全工程の時間を把握する。
丸々一着縫うにあたり、必ず一つは何らかのアクシデントがある。
生地のキズ、付属の一つが送られていない、製作途中において自ら招いた失敗など。
それらがあったとしても、指定された期限内に仕上がるようにスケジューリングしておかねばならない。
電車やバスの時刻表と同じではない。
遅れが出たからと言って、運航をとりやめる(工程をスキップする)訳にはいかない。
これは事務作業や営業とは異なり、どんな業界の製作においても言えることである。
手作業にこだわる分野で、「作業するのは独りという条件」で、一発逆転はありえない。
決められた工程をきっちりと踏むために、時間軸に関する捉え方は重要となる。
<④フィードバック>
ごくたまに、先生に時間を取っていただき自作の商品に意見をいただいた。
部分縫いでもいい。手をかけたものを見ていただく。
その時に日頃いだいている疑問点をぶつけ、解消する。
短い時間だが、貴重なものとなる。これを何度か繰り返し、
先生方に合った時は、すかさず「チャンス!」と思う癖がついた。
<⑤年頭におくこと>
その商品が自分の手元にあるのは、長くて1週間ぐらい。
縫い上がるとお客様の手元に届く。
ビスポークスーツの場合その先が極めて長い。
長期的な時間軸に耐えうる仕立てでなければ、お客様にとって費用対効果が乏しくなる。
「価格に見合った満足」が全ての世界。
この考えが年頭にあれば、一つ一つの工程に対する責任、最高品質を担う重責を感じずにはいられない。
従って、商品に対して正直でなければ務まらない。また豆腐メンタルでは続けられない。
<⑥経験値を積み上げる>
成功、失敗を記録する。実体験に基づくものほど身に染みるものはない。
その経験値を積み上げるとムラなく、淡々と作業をこなすことができるようになる。
どれだけ徹夜して縫ったかを語る先輩がいたとしても、そんなものは全く参考にならない。
根性で数は裁けず、長く縫う専門の仕事は不可能である。
ざっくりまとめると、以上になる。
自分には日本国内の有名店や、イギリスやイタリアなどの海外での修行経験はない。
同業の周りの人達が何人かで切磋琢磨されていても、自分には妬みもひがみもない。
立派な借景がなくても、自分が描く理想の服を縫うことは可能になった。
先輩がいない分、孤独だが自分なりに試行錯誤し、やりたいようにできたようだ。
伝統と洗練。
この二つが自分を創造の世界に駆り立てる。どちらか一つが欠けると作る意欲がなくなる。
オーダースーツと言って、細部のディティールに拘るブランドが多い中、人が着て着心地よくグレードが上がる服の製作の為、本質的なところの追求を怠ることはしたくない。
日和見は許されないと肝に銘じて、これからも製作に励むしかない。

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